インテリアデザイナーのニッキー・ハスラムを知ろう

28 10月, 2019
今日はインテリアデザイナー界のアイコンについてです。類い稀な才能を持つこのデザイナーの生涯と作品についてご紹介します。

ニコラス・ハスラム社は世界最大のインテリアデザイン会社の1つです。本社はロンドンにありますが、多くの国際プロジェクトを監督しています。これらのプロジェクトとは別に、独自のコレクションの家具、ファブリック、照明、装飾品をプロデュースし販売しています。ニコラス・ハスラムのデザインは時代と共に進化してきましたが、その根源と独特のタッチは、カントリーサイドへの愛に根ざしています。そのデザインには、輝かしいインテリアデザイナーであり創設者であるニッキー・ハスラムのレガシーと英国の伝統が反映されているのです。

ニッキーの他に、才能ある2人、パオロ・モスキーノとフィリップ・ヴェルゲレンが加わったことで、国際的な企業と拡大しましたが、依然として創業時のエッセンスと特徴は変わらぬままです。

病気のために幼少期に何ヶ月も寝たきりの生活を強いられたニッキー・ハスラムは、幼い頃から部屋のレイアウトと装飾に目を向けるようになりました。後に大人になった彼は、際立ったスタイルとテクニックを持つようになりました。

ニッキー・ハスラムについて

ニッキー・ハスラム

ニッキー・ハスラムはイギリスの外交官の息子として、バッキンガムシャーの美しい家で育ちました。そこにはイギリス全土の中で最も美しい部屋があったと言われています。彼が8歳のときポリオを患い、3年間も隔離され寝たきりとなりました。全身が麻痺した彼が唯一動かせたのは腕だけでした。

ニッキーが退屈しないように、家族は機械的なシアターを作りました。さらにラベンダー・ハーバートに巨大なドールハウスを注文したのです。それによりニッキーは何千回もドールハウスのインテリアをレイアウトを作り直すことができたのです。

13歳の時にポリオが完治し、ニッキーは名門イートン校で学業を修めます。イートン校でインテリアデザインへの情熱が開花したニッキーは、在学中に様々な芸術賞を受賞しました。

プロとしての経歴

ニッキー・ハスラム

美術学校で短期間過ごした後、彼はロンドンに移り、多くの芸術家、映画製作者、俳優、写真家が活躍した70年代に、芸術的才能を発揮することとなりました。彼はしばらくの間インテリア雑誌で働き、その後アメリカのヴォーグ社で働くためにニューヨークへ移り住みました

米国内ではアリゾナ州で、アラビアの馬を数年間飼っていました。その後ロサンゼルスでは写真家として、ナタリー・ウッドなどのクライアントとインテリアデザインの仕事を続けていきました。

1980年、彼はロンドンへ戻り、自分のインテリアデザイン会社ニコラス・ハスラム社をホルバインプレイスに設立。1995年には、インテリアデザインスタジオと店舗を持つNHデザインを設立。NHデザインは後にパートナーであるパオロ・モスキーノが引き継ぎ、今では2社は別々の会社となっています。

彼の作品

ニッキー・ハスラム

ニッキー・ハスラムは英国で最高のインテリアデザイナーの一人として知られるようになりました。彼の創造的なスタイルは、歴史への複雑な愛を表していますが、彼はそれらを現代の観点から捉えました。彼は、ミック・ジャガー、ブライアン・フェリー、ロッド・スチュワート、リンゴ・スタートといった有名な顧客の家だけでなく、多くの一流の商業施設のインテリアもデザインしました。無数のイベントのために行った仕事も、彼の経験の一部となっています。顧客には、イギリス王室やカルティエ、ナショナルギャラリーなどの企業も含まれています。

創造的な作家としての彼の意見や経験は、多くの権威ある出版社から求められ、彼は5冊の本を執筆しています。その中には彼の作品の一部と素晴らしいインテリアデザインの世界での発見が紹介されています。

ユニークなスタイル

ニッキー・ハスラム

ハスラムのプロジェクトには全て、彼の個人的な印が付いています。代表的なのは、彼が真にマスターした英国のコテージスタイルを特徴としたプロジェクトです。そのスタイルは、単にそれが意味する物を知ることより、特定の雰囲気やフィーリングを作り出すことが重要なのです。英国のコテージスタイルに関していえば、ハスラムにライバルはいません。

今日は、インテリアデザインのアイコンの生涯と作品をご紹介してきました。彼の作品は多くのデザイナーにインスピレーションを与え、細部、色、テクスチャ、形への並外れた視点と情熱をもたらしました。